映画『アンダードッグ』感想:映画でしか味わえない最高のカタルシス
無様に輝け。
映画でしか味わうことのできない最高のカタルシス。
ここへ来てまた2020年ベストを揺るがすくらいの大傑作に出会えた。
ここまでやってくれるからこそ自然と湧き上がってくる類い稀な思わず震えて奮い立つ感覚。
映画全体の熱を底上げする2020年で最も心打たれたキャスト陣の熱演。
特に森山未來さんはここへ来てキャリアハイを叩き出すくらいの最高の演技。
ファイティングシーンはそこまでやるのかってところまで魅せてくれて、涙なしでは決して観ることができない最高峰に感極まる映画だった。
かつては日本ライト級1位として、チャンピオンまでも手にしかけたボクサーの末永晃。
幼い頃から父親とともに世界チャンピオンになる夢を追いかけていた。
ただし、その道からは外れてしまい、アンダードッグ(かませ犬)としてリングにしがみつく日々を送る崖っぷちのボクサーとなってしまう。
そんな晃に対峙するのは児童擁護施設で育ち、過去に秘密を抱える将来を期待されるボクサー大村龍太と大物俳優の二世タレントであり芸人としても泣かず飛ばずで番組の企画でボクサーをすることになった宮木瞬。
3人にスポットが当たりながら物語が展開されつつ、彼らを取り巻く人たちの生き様にも触れられていき、そこから関係の発展や衰退、そして伏線回収としてそれぞれの関係性を明らかにしながら、ラストファイトへのお膳立てが整っていく。
前編では主に晃の人物像や生きてきた背景が映し出されながら、芸人ボクサーである宮木にスポットが当たりながら物語が展開される。
二世タレントかつ芸人としてテレビに出られているものの、表での自分の姿に納得いかず、裏では父親や周りからも愛想を尽かされていて、今後の生き方に悩んでは、彼の良き理解者である愛にまで当たってしまうことも。
そんな中で企画とはいえ、出会ったボクシングがヘタレ芸人と言われていた彼を徐々に変えていく。
本気で打ち込んだ先に何があるかはわからないが、とにかく本気でボクシングに向き合い、今までとは別人のような顔つきに変貌を遂げる。
宮木の練習相手になっていたのが、ロバート山本博だというのもまた彼と宮木が重なる部分もあり、さらに感情移入できてグッとくる。
何がしたいのか、夢もわからないけど、何かに本気になることはできると、本気で打ち込んだ先に晃とのエキシビジョンマッチで善戦。
倒れてもなお立ち上がり続ける姿は、彼のこれまでの無様さとは裏腹に、多くの観衆の心を魅了し、その中で自分も物凄く心打たれて思わず涙が出た。
そして、冨手麻妙さん演じる愛がいて彼女だけはずっと彼を見捨てなかったからこそ、あそこまで輝けたという点にもちゃんと触れていくのが、より感動を助長させた。
後編では芸人ボクサーである宮木を倒し切れなかったことで、晃はさらに堕ちていき崖っぷちの中の崖っぷちからのスタート。
大切にすべき周りの人たちにも次々に災難が降りかかり、なかなかにきつい展開が続く。
それでも決められるところで引退を決められず、取捨選択の決断を先延ばしにしてしまう晃。
中途半端に夢を諦めきれないけど、欲しいものは欲しいというスタンスが、なかなか両立させることができずに、どちらもを失っていく様はとてもリアルな感じがした。
世界チャンピオンを目指すことは正直もう厳しいだろうと頭ではわかってるように見えるが、感情的な問題としてそれを簡単に捨てることはできない。
かたやでやってきた過去が明らかになり、それによってボクサーとして致命的な負傷を負った龍太。
生活の糧としていたその道がなくなることで、自暴自棄になってしまいそうになる。
そんな絶望の中にいる晃と龍太の過去が映し出せながら、明らかになっていくまさかのエモーショナルな関係性から、徐々に戦友として呼応していく2人。
そこからの展開は本当に圧巻だった。
一度堕ちてしまった状態から、また頂上を、大きな夢を目指せるわけではない。
それでも、どれだけ無様だと思われても、その先に何が見つかるかはわからなくても、本気になり切るという覚悟。
それは今まで見ていた晃の姿とは全然違っていて、彼なりに背負ってるものの重みの感じ方や覚悟を決めるその温度感に明確な変化が見えていった。
そういう過程の部分や変化に関しても、物凄く生々しく感じられるほどに、それぞれの役になり切っているキャストの再現性が本当に凄かった。
実際にそこに本当に生きている人たちを見ている感じがして、演じる側にもよっぽどの覚悟や努力がないとここまでは絶対に入り込めなかったと思う。
それらが相まっていくからこそ、あのラストファイトは本当に集大成として感極まって、涙が止まらない感動に繋がった。
無様な生き方ではあっても、そこにはそれぞれの本気の生き様があって、あらゆる関係が生まれることで、だんだんとその人たちにしか出せない輝きを放っていく。
前後編入れると4時間半と長丁場ですが、本当におすすめしたい作品です。