シネマライフキャリア - Cinema Life Career -

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【映画】Diner ダイナー 〜色彩豊かな芸術的映画〜

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Diner ダイナー

美味いメシを食うか?それとも死ぬか?

試写会にて鑑賞。
色彩豊かで一気に蜷川監督の世界観に引き込まれるアート的作品。
キャストまでもがアーティスティック。

物語性は弱く脚本がやや荒削りな感じなのは否めないが、そんなことは気にならないくらいのハラドキ感と世界観の作り込みとキャスティング。

 

さらにフィクションのわりに、わりと骨太な現代的なテーマ性があって、今作最大のメッセージである自分と向き合って自らの意思に従って自信を持って生きることの尊さとこなすように生きる一人の女性がそう変わるに至るまでを、殺し屋と触れていくことで醸成していくユニークな展開がおもしろく、見応えがあった。

 

冒頭から不穏な空気の流れる奇妙な雰囲気から映画が始まる。
何かを成し遂げるためでも目指すためでもなく、日々をただこなすように死にきれないから生きていたようなカナコ(玉城ティナ)が、唯一のやりたいことを見つけ、そのために挑戦をしたことで、元殺し屋のボンベロ(藤原竜也)が営むダイナー(殺し屋のための食堂)で働くことになる。

ここで死か従うかの二択を突きつけられながら日々を過ごすようになるカナコ。
もちろん挑戦したことに対して、こんなことになるなら挑戦なんてしなかったらよかったと、やっぱり似つかわしくないことはしない方がよかったとネガティブにその状況を捉えていたが、ダイナーで出会う色んな殺し屋とボンベロとの触れ合いによって、そんな状況と彼女自身が徐々に変わっていく。

 

人と何かが違うマイノリティの象徴とも言えるであろう殺し屋には、そこに至るまでの背景がそれぞれにはあり、全てではないが、ポイントとなるスキン(窪田正孝)とキッド(本郷奏多)はそれが明らかになっていき、そこに人と接するときのイマジネーション(想像すること)の大切さが訴えられている。

いつ殺されるかわからない状況下で働くカナコ。
人と向き合って生きてきたことがほぼ皆無な彼女にとって、社会とそれぞれの人とを知らな過ぎることによって起こす性善説をもとにしてした行動が波乱を呼んでいくことは、現実世界でもよくあることであろう。

 

例えば、よかれと思ってやったことが相手にとってはそれによって状況がとてもしんどくなってしまうことなんてことや今は一人にして欲しいみたいなことは、重さは違えど、現実でもよくあるのではなかろうか。

もちろんよかれと思ってすること、でもそれが人によっては触れてはいけない琴線であることもある。
だから想像力を働かせないといけない。
色んな人のことを表面だけじゃないことも含めて、知る必要があるということを思い知らされる。

 

あらゆる殺し屋との距離の取り方や縮め方、向き合い方に右往左往しながらも、生きていく中で初めて必要とされる感覚を知り、それが自分と向き合うことにも繋がり、やりたいことを見つけていく流れになっていく。
そして、ラストのエモーショナルな展開へと誘(いざな)われていく。

未だ馴染みのない触れたことのない人の姿に映画館越しでも触れられることは物凄く刺激になるし、何か揺さぶられるものがあり、世界が広がったかのような感覚に浸ることができる。

最初から最後まで目が離せない、痛くもあり美しくもある唯一無二のこの世界観が魅力的な作品でした。これはクセになる!

 

P.S.
キャストが全員ハマりすぎていてよかった。
中でも特に玉城ティナが神がかっていた。
あの役はまさに今現代彼女しかできないだろうと思わせるくらいの演技とハマり具合。
キャスティングの時点で大勝利してる作品。
斎藤工小栗旬の使い方が贅沢すぎる。
さすがの蜷川組。(斎藤工は違うか!)
今作を観て思ったけど、蜷川監督と山戸監督には近しいものを感じた。

これを観て一番に想起したのが「溺れるナイフ」だった。
だから好き嫌いはわかれるし、その分評価もわかれてるなーと。
あらゆることに対してのわかりやすい意味づけや物語性、伏線回収を作中に求める人にとってはあまりハマらない作品かなと思います。

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