シネマライフキャリア - Cinema Life Career -

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映画『生きちゃった』感想:魂が揺さぶられる圧倒的熱量

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すごく 今でも ずっと

身につまされる思い。
少ない言葉数が本音を口に出せない彼らの世界をそのまま体現し、その理解するのが難しい心情がキャストの表情と演出でじりじりと伝わってきて、心がすり減りそうになる。

「生きちゃった」という思いが、そのまま色んな形でこの映画に乗っかってくる。

愛の言葉を言えない男と聞けない女。
そして愛を感じられなくなることで訪れる末路とそこから起こる悲劇の連鎖。
それでも何もすることのできないもどかしさ。

なぜこんなにも自分の気持ちを言えないのか、愛を伝えられないのか、思いを起こしたり起こした思いに忠実になれないのか。
日本人であるからと告げるその裏側から様々な憶測が脳裏に思い浮かぶ。

そのように真意を作中で明らかにしない点がいくつかあり、そこを鑑賞する側が補っていくことで、グッと感情移入させられる。
そういう意味では、鑑賞者を選ぶ作品であるとも言えるかもしれない。

あのとき自分の気持ちを素直に伝えることができていたら…そんな思いが色んな方向から感じられ、ただただじっと感情を溜め込むことしかできない。

仲野太賀さんが本作において絶妙かつ説得力のある演技だなと感じたのは、厚久の本心の見えなさの表現のうまさだったように感じる。

ラストにやっと思いが溢れたというか隠さなくなれたとも言えるが、それまでの彼の考えていることは確かに本当にわからない。
奈津美を本当に愛していたのか、自分はどうしていきたいのか。
そして感情すらも見えなくてわからない。

奈津美が厚久に対してとる態度やあの決断をすることが、特に悪いことを厚久がしていなくても至極真っ当のように見えてしまう。
武田はその厚久の持つ奈津美に対しての愛を信じていたからこそ、ずっと厚久の味方であったのではと思ったが、観ている側からすると簡単に厚久側には立てない部分もあるし、かといって完全に奈津美側に立てない部分もあって、なかなかに難しい。

あえてかはわからないが、そんな厚久と奈津美の距離感、厚久と武田の距離感、奈津美と武田…それぞれの距離感の作り方が、どちらにも転ぶイメージができるものとしてまた絶妙だったと思う。

また、大島優子さんの鬼気迫る演技も凄い!
圧倒的存在感で苦境を彷徨いながら声なき声を体現していきつつ、母親としての母性をも感じられるキャリアを積み重ねた女優を彷彿とさせるような雰囲気と凄みがあった。

そして、受けに徹しながらもなくてはならない厚久の共鳴者として確かな存在感を見せ、繊細かつ大胆に演じ切る若葉竜也さんもさすが!

脇を固めるキャストも毎熊克哉さんはじめ、安定感が半端なくて、この見応えが作られるのはまさに役者陣の演技あってこそだなと感じた映画でもあった。

なかなか本当のことが言いづらい世の中で、自分の気持ちを押し殺して生きることによる弊害と実はみんなその本当のことを求めているんじゃないかという提起、そして愛と友情を軸とした人間の原点回帰とを、この映画からは感じられた気がする。

映画の出来云々よりも、また別の意味で映画でしか出せない思わず打ちひしがれそうになるくらいの熱量を感じられる作品で、脳裏に焼きついた。

そして、ラストシーンが本当に圧巻!
人間ってあんな感じにもなるんだと思ったくらい初めて見た人間の姿だった。

P.S.
石井裕也監督の撮る作品は結構好きで、他にも色々と鑑賞してきてるけど、本作はそれらの中でも最も映画としてのわかりやすさはないと思った分、作家性や熱が最もむき出しになってる作品だと思った。
キャリアを積んだ方が、こういう映画を撮れるってのは凄い!
わりと採算度外視なんだろうなとも思うし。
91分という短めの尺に凝縮されてるのもよかった!