シネマライフキャリア - Cinema Life Career -

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映画『朝が来る』感想:「なかったことにしないで」の切実さ

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第73回カンヌ国際映画祭Official Selection 2020」選出作品。
河瀨直美監督の作風、綺麗な情景と自然に包み込まれるような演出が好きなので、新作をとても心待ちにしていた。

作風や演出は、今までの自分の好みな自然や光が印象的に盛り込まれていて、『朝が来る』を夜から朝へ繋いでいく情景で見せてくる感じも、程よく余韻に浸れてよかった。

それに加えて物語とそこから示唆されるメッセージ性に、役者の演技(特に蒔田彩珠さん)もよくて、作品を観て今後の生き方が変わるほどの強度を感じる作品でもあった。

この世では何か大切なものが置き去りにされている気がする。それが詰まっていた。

人と人とが関わり合いながら生きる上での大切な何かと少しの希望を見出していく物語。
その過程に確かにどこかで生きてきて、今そこで生きている様々な境遇の人たちが、ドキュメンタリーのように映し出されていく。

その人を見ようとすること、その人の話を聴こうとすること、そしてその人のことを知ろうとすること。
その前にそれ以外の声が入ってくることは、本当はあるべきではないのかもしれない。

その人にとって大切ならば大切で、なくしたくなかったらなくしたくなくて、好きだったら好きなのだ。
この真実なくして、世間や現実が語られることは本当にその人のためと言えるのだろうか。

切り取られた言葉や起こった事実だけでは、その人のことなんてわかるわけがない。
そこにどんな思いがあるのか。
それを野放しにするコミュニケーションに、愛は本当に存在しているのか。

コミュニケーションにおいて無意識に内在している、自己基準の価値判断から相手を傷つけ、遠ざけてしまっている可能性について、物凄く考えさせられた。

ポスターに書かれている「あなたは、誰ですか。」という言葉は、ミステリー性を思い起こすだけの意味として受け取るとまた浅はかなとなるが、「あなたは、誰ですか。」と問い続けることの大切さが示唆されてるとしたらなかなか秀逸。

ひかりはひかりではあるが、名前としてのひかりというだけでなく、ひかりという人間はどんな人なのかを問い続ける。
誰なのかということを隅々まで知ろうとする。
ありのままを受け入れられるように、その人がありのままそこにいてよいという安心感を持っていられるように。

「親のための子ではなく、子のための親」
「親が子を探すのでなく、子が親を探す」
この真意がとても深く、『万引き家族』で感じたものに近しい。

愛するということは、(自分本位の価値観で)教えることでも諭すことでもない。
愛するということは、ありのままのその人を理解した上で、そのままを受け入れること。それが信じることでもある。
だからこそとてつもなく難しくて、覚悟がいることなんだと思う。

本作の大きなテーマとして描かれた養子縁組に関しても、親から一方的に決められるのと、理解しようとしてくれた上で話し合って決められるのとでは全然違う。

その人の思いが大前提にあって、その上でどうするかということをお互いに語り合えて、初めてその人のためだと思えるのではないだろうか。

そして誰もにとって、そういう存在がいるだけで生きたいと思える尊さも説かれていく。
そんな存在は、必ずしも(血縁関係のある)親であるわけではない。
あらゆる出会いの中で、ありのままで会話ができる相手は人によって異なってかるから。

自分のことを理解してくれるという感覚、同じ目線で会話ができているという感覚。
それらが大切だと、主にひかりの目線から、浅見と外に出たひかりが出会った2人の年齢の近い女性たち(山下リオ、森田想が演じていた女性)との関わりによって示唆されていく。

まずは生きなければならない辛辣な現実も色んな観点から描かれるが、一人ではしんどくてもわかり合える誰かとなら、「生きなければならない」現実が「生きたい」現実に変わり得る。

「なかったことにしないで」
自分にとってかけがえのないことを(世間体などを気にして)なかったことにされるのは、本当にその人にとって正しいことなのか。

気付いてもらえたラストのシークエンスは、本当に救いでも希望でもあって、じんわりと余韻が残った。
本当に素晴らしくて、心が揺さぶられる大傑作でした。

P.S.
キャストは脇を固める俳優含めてとてもよかった。
その中でもやはり本作では、蒔田彩珠さんを特筆したい。
輝きを放つ青春の日常から、10代で妊娠することになり、様々な葛藤や感情、そして思いを抱えながら、それをなかなかわかってもらえずに、思い悩んでいく姿から打ち明けられる人に出会ったときに見せる表情の演じ分け。そして動きや仕草。
どれを取っても素晴らしすぎた。
間違いなく彼女のターニングポイントになる作品になったのでは!
永作博美さんと井浦新さんは言うまでもなく安定感があり、安心して作品に没入することができた。